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ぼうづかのひ
棒塚の碑
| 所在地 |
新居町山の田3219(洞光院境内)<外部リンク> |
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小牧・長久手の戦いの時、白山林に留まっていた秀吉方の三好信吉(後の三好秀次、豊臣秀次)の隊に、食料の調達を免除してもらおうと頼みにでかけた新居村の棒の手・無二流の師範である水野吉平と禰宜の谷口菊三郎が戻らず、探しに行った村人が吉平の亡骸を見つけたという言い伝えが残っています。村人たちは、吉平を弔う塚を八瀬の木(今の城前町)のあたりに作り、棒塚と呼びました。現在は、その塚はありませんが石碑が洞光院に残っています。


